雪解けを思わせるような暖かさですが・・・

もう春が来たかと思えるような暖かい毎日がつづいています。

が、週末からまた寒波襲来の予報。

大寒波がきた1月のはじめ、冬の間あるく踏み分け道を西風のあたらない家の東側につくりました。

オレンジ色の風呂敷をさいて玄関の傍においてあったポール5本にしばりつけ雪の中にたてて、目印に。

 

早朝にくる新聞屋さんにわかるかなと心配だったのですが、ちゃんと歩いたあとがあって一安心。

通常の道は1メートル以上ものふきだまりになっていたので歩けなかったので、選択の余地はなかったのですが。

その道の下、50cmぐらいにはジュリア、オレガノ、ウルイ、コゴミなどあるので、傷めつけてはいけないと雪が少なくなってからいつもの道を歩くよう、踏み分け道を付け直しました。

 

昨日から踏み分け道をシャベルでもう少し広く、より地面に近く掘って安定して歩けるように改良。

1日1時間ぐらい楽しみながらの筋トレという感じで終わりました。

こんなに楽な冬ははじめてです。

大雪がふったという北陸が同じ日本であるとは信じられないほど。

 

信じられないといえば、文部科学省の改定案もそうです。

 竹島、尖閣諸島、北方領土を「固有の領土」とする。

 「鎖国」を「長崎などで貿易」、「聖徳太子」を「厩戸の王」に変更。

 幼稚園でも国歌や評価。

 

国歌って、君が代のこと?

君が代が、いつ正式に国歌と認められたのだろう。

天皇制を賛美するとしか思えないあの歌詞が、わたしの国歌ではないのはたしか。

いま子育てをしている若い世代は、黙って受け入れてしまうのだろうか。

 

再処理工場正門の向かい側に「県量子科学センター」が建設されています。

大学や原子力関連企業、研究機関が県の委託事業や独自の研究を行う。

高レベル放射性廃棄物の減容化にむけた分離技術や放射性同位元素の医療応用、原子力関連産業の新ビジネス創出などが活動目標。

総事業費約58億円。4月完成予定。

 

ウラン濃縮建屋で複数の穴がみつかったと日本原燃が発表。

腐食が原因。

10日に社員がダクトを点検中に発見し、同日中にアルミテープでふさぐ応急処置をほどこした。

アルミテープで補修って、うちのエントツと同じだ。

 

うちのエントツから出るのは薪ストーブの煙だけど、ウラン濃縮工場ではもちろんもっと危険なものなのでしょう。

本格的な修理はするのだろうか。

東海村の事故を思い出しました。

あのときはガムテープだったけど。

 

目的はお金ただひとつの大企業が、戦争にむけて進む足音が高くなってきました。

対抗する市民グループの考えはひとり一人が多種多様。

いま、できることは?

できることはなんだろう。

 

ヨシオは一時期より体が小さくなってしまいました。

缶詰も食べないし牛乳も飲まないのに、ドライフードを食べる量はごくわずか。

買ってきたアジのフライをちぎってあげても食べない。

ネズミをとっている様子もないし。

 

絵本の『だいちゃんのちびねこ』を思い出してしまいました。

魚が放射能で汚染されているのかな。

こんど町へ行ったらお肉を買ってあげようと決めました。

体は小さくなったけど動きはすばやいので大きな病気ではなさそうです。

 

今日は手紙を1通だす予定。

3キロ先のポストまではどうしても行かなければ。

曇り空の予報なのに雪が降っている外をみながら、車を出すタイミングを見計らっています。

 

 

 

| - | 09:44 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

大寒の季節に雨

暴風と雷、猛吹雪が数日おきにくりかえされています。

それでもまだ日中の気温は高く0℃前後。

暴風で2階の寝室が揺れることも。

揺れているけどこれは風のせいで、地震ではないぞと確認することもありました。

屋根に雪がかぶっていて重いはずなのにこれほど揺れるのははじめて。

 

マグカップに入れておいた水も凍っていて飲めなかったのに、昨日からとけて飲めるようになりました。

排水も流れる。

水が流れるというそのことがこれほどうれしいとは思ってもみませんでした。

牛小舎の一階の窓は屋根から落ちる雪で覆われて、うす暗くなってしまいました。

畑に設置していたコンポストのあたりはただ平らな雪原。

うーん、やっぱり冬なんだと納得していた6日の早朝、雨の音で目が覚めました。

大寒なのに雨?

ウソでしょう。

明るくなってから新聞の天気予報欄を見ると1日中、雪のマーク。

雪のマークだけどいまは確かに雨が降っている。

凍結している道路がとける。

ちょっと早いけど病院の定例診察に行くことにしました。

ところが野辺地に近づくにつれて雨は雪に変わり、凍結路面もそのまま。

 

六ヶ所村の方が野辺地より暖かいんだと気づきました。

でも帰るよりは進んだ方が早いのでそのまま前進。

病院は混んでいて4時間待ち続け、どうなるんだろうと心配しはじめたころ、ようやく順番が回ってきました。

若い青年医師は「もう12時を回っていますからどんどんいきましょう。いつもの薬でいいですね」「はい」。

 

10秒の診察というか質問だけ。

まあ、お医者さんだってどこかで時間を節約しなければ生きていけないだろうなとなんとなく納得したのでした。

三カ月に一度の診察というその条件をなくしたほうが楽だろうと思うのですが。

せっかく来たのだからとマエダストアで焼きいもを買って帰りました。

茨城産だけど。

ついでに安いワインも。

 

この頃、飛行機の格安切符の案内が入るようになりました。

羽田→那覇が3190円。

心惹かれますが、明日の天気がどう変わるかわからない冬期間は出かけるのがためらわれます。

ヨシオを留守番に残していくのも。

雪が少なく気温の高いこの冬。

 

生活は例年に比べてずっと楽ですが、予定はすべてお天気次第。

暮らしにくい雪の季節ですが、だからこそこんなに豊かな自然が残っているのだと思うのです。

とはいうものの雪解けの春がまちどおしいこのごろです。

台所に置いた鉢にパセリと水仙を植えておいたのですが今朝、花が咲いていました。

 

 

 

| - | 11:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

遅ればせながら

遅くなってしまいましたが、今年もたくさんの年賀状をありがとうございました。

悪筆なので自分では出さず、全国からいただく年賀状を眺めて楽しんでいます。

すみません。

今年は穏やかに冬が過ぎそうですが、時には「西北西の風、最大瞬間風速26メートル」などという日も。

 

高浜原発のクレーンが20日、暴風で倒れたとのこと。

秒速15メートルの風で。

六ヶ所村では少し風が強いというくらい。

どうしてそうなったか疑問だったのですが、メールニュースで疑問氷解。

普通、強風の日はあらかじめクレーンを倒しておき、作業はしないのに、その日は風向きも考慮せずに建ててお手たのだとか。

原子力だけではなく、こんなところにも現場に不慣れな人が入っているのでしょうか。

 

排水管はずっと凍ったままでしたが、21日の午後から流れるようになりました。

喜んで流しを洗い何も考えず水を流していたのですが、今朝はまた凍って流れなくなっていました。

雪が少なく天候は穏やかなのですが、例年と違う気候で、いつもとは違う暮らしの不具合が出てきています。

 

天気予報では快晴なので日は青森市民図書館に行くつもりでした。

ところが朝から雪が降り続け、やむ様子もないのです。

24時間の予報もやっぱり快晴。

雪が降り続ける空と天気予報をみくらべること1時間。

 

出かけようとしてためらい、やっぱり今日はやめようと決めました。

明日は最低気温が0℃だから、路面状態はいいはず。

雪かきをしようと外に出ると思ったより暖かいし、そんなに積もっていない。

もう10時半過ぎだけど、よし、行くぞ。

 

国道に出ると雪はなく、乾いた路面もあるほど。

迷っていた時間の方が疲れたかもしれないと苦笑しました。

図書館では駐車場のエレベーターから、若い親子と一緒になりました。

30代はじめぐらいのお父さんと3歳ぐらいの女の子、一つ年上ぐらい男の子。

 

「エレベータはどうしてあがるの?」と女の子がきくと「引っ張っているからだよ」とお父さん。

駐車場のドアをあけて抑えていると「すみません」とお父さんが駆け寄ってきました。

図書館のドアに入ると子どもたちが駆けだそうとするのがわかりました。

片側はガラス張りで入口まではかなり遠いのです。

 

ところが「走るな、急ぐな、ゆっくり歩け」とお父さんが大声で唱えるのがきこえて、思わずにっこりしました。

そうは言ってもほぼ同時に入口に着いたのですが。

いいお父さんだな。

私の息子も同じような時間を過ごしているのかもしれない。

 

トランプ氏の当選から全米規模に広がった反トランプのデモを信じかねる思いで見ています。

米国第一主義の経済政策はともかく、メキシコとの国境に壁を作るなどと本気で言い出すとは。

トランプ氏に賛成という意味ではなく、民主的な選挙のはずなのに、それでもノーという意思表示をする国民性と、決まったものは嫌でも受け入れてしまう自分自身の意識の違いとに。

 

少しずつ少しずつ違和感のあるものを受け入れ、やがては「美しい国、日本」というその考えさえ受け入れてしまうのかもしれない。

時を逃さず、できるところで声を上げ続ける。

それを忘れないようにしたいと思うのです。

 

大きくなったヨシオはやはりお客様大好き猫。

誰の膝にでも飛び乗り、爪をたててよじ登っていくので、時には払いのけられることも。

なにしろ左右の眼の色は違うし、足は曲がっているし、およそ優雅さとは縁のない猫なのです。

が、灰色がかった毛並みはもしかしたらハンターとしては向いているのかもしれないと最近、思うようになりました。

影のように、薄暗がりの中では目立たないし。

 

ネズミの内臓も死骸も一度しか見ていないのですが、生きているネズミも出なくなったからです。

このままネズミの出ない日が続きますように。

明日からまた寒波襲来の予報。

 

 

 

 

 

 

| - | 09:36 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

吹雪の中で難題山積

昨日は水道が凍ってしまいました。

真冬にはたまにそんなこともあるのですが、今回は暖かいと思って油断していたので慌てました。

朝、台所を暖めてから水道の元栓をひらいたのですが、水が出ない。

最高気温はマイナス4℃。

 

残りの水は200ccぐらい。

ご飯を炊くにも足りないなー。

お隣に水をもらいに行くという手はあるかも。

カーテンを少し開けてみると外は猛吹雪。

 

そしてカーテンレールが落ちてきました。

もともとカーテンなどつける設計ではないので無理やりビスをつけたのに、そのビスの穴が緩んでしまったようです。

裏口の扉の引き戸のレールが外れて開け閉めがしにくくなった。

極めつけは排水管が凍って台所の排水ができなくなったこと。

 

厳しい冬とはいえ、1日のうちにこんなに難問が積みあがったのははじめてです。

どうする?

とはいうものの対処できるのは自分だけ。

ええと、水は車の中にいつも持ちあるいているものが1リットルぐらいある。

 

じゃあ、まず雪かきをして車に行き、飲み水を確保しよう。

スノーダンプを持って外に出ると積雪は少なくて、ほとんど雪かきの必要がないとわかりました。

新聞やさんの車もかなり蛇行しながらですが入ってきた痕がある。

水をとってきて、次はカーテンレールにとりかかりました。

 

いろいろ試してから少し太めのビスを1本みつけ、止めることができて、カーテンはとりあえずかかりました。

春までこれがもったらもう少し本格的に修復しよう。

薪をどんどん燃やして室内を暖め、午後もう一度、元栓を開いてみました。

水が出てくるまで少し時間はかかりましたが、こちらも開通。

 

タンクに予備の水を入れて、本当にホッとしました。

多少の不自由はあってもこれで春まで生きていける。

読む本はあるし、食べ物も豊富。

排水はまだ凍ったまま。

台所の出入り口のレールもそのまま。

 

これ以上増やせないほど湯たんぽを抱えて寝ているのに朝、寒さで目が覚めました。

布団の中でくしゃみ、鼻水がたてつづけに。

湯たんぽじゃ足りないらしい。

じゃあ電気毛布かな。

 

母の使っていたものが押し入れに入っているはず。

ちらっと考えましたがすぐに却下。

かわりに厚手の毛布をもう一枚足すことにしました。

重しをされた漬物の気持ちがわかるといえるくらい重い布団をかけて、昨夜はぐっすり眠りました。

 

はじめての冬を過ごすヨシオは、雪が深くなってから外に出ることをためらうようになりました。

まだ猫用出入り口から出られないまま、玄関の戸を開けてもらって出ていたのですが、雪をみてはためらい、屋内に引っ込んでしまいます。

身体は大人になったのに、寒さには弱いらしい。

 

この先1週間は雪の予報。

でも最高気温が氷点下にならない日もあるので、やはり全体としては暖かい冬なのでしょう。

経済産業省前のテントも寒い日が続きそうです。

お気をつけて。

 

 

 

| - | 10:22 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

雪が消えてしまいそうです

冬とは思えないような異常に暖かい毎日が続いています。

雪は降るのですが雨も降るので、積もらないうちに消えてしまう。

とりあえず年末年始は白銀の世界でしたが、その雪も残りわずか。

今朝も台所で蚊がふらふらと飛んでいるのをみつけました。

 

暴風もなく1日に数時間、上から下へまっすぐ降る雪をぼーっと眺めたお正月も過ぎました。

孫たちからの電話とビデオレターも。

スカイプがあるよと息子に伝えたのですが、なぜか数秒しかつながらず、あきらめてビデオレターにしてもらいました。

子どもたちはどんどん大きくなるけれど、それと比例してわたしの物忘れもひどくなっていくようです。

 

おめでたい気はしないけど、ともあれ新年。

ヨシオと二人で年越しそばを食べ、お煮しめを煮て新しい年を迎えました。

1月1日の明け方、ヨシオの鳴き声で目が覚めました。

ミャア、ミャア、ミャーア。

 

まだ眠いのにと寝ぼけ眼でみると午前3時。

野良猫が入るはずもないし、あれはおびえている声ではない。

階下へ行き、エサを与えました。

さびしかったのかなー。

そのまま目がさめて眠れなくなってしまい、空が白み始める前から初日の出もしっかり眺めたのでした。

 

それにしても一人で過ごす時間と空間は貴重だとあらためて思います。

そしてこの広い空間を一人だけで占有できることが、いいか悪いかは別にして、恵まれていると感じました。

 

沖縄の戦後70年と樺太から引き揚げてきた両親の70年。

沖縄と樺太。どちらもその時にはたしかに命の瀬戸際にいたんだ。

そしていまは「核のゴミを抱えた六ヶ所村」という問題がある。

「沖縄をかえせ、沖縄にかえせー」と歌うたびに、選ぶことができたなら、子どもたちはどちらを選ぶのだろうと思うのです。

 

今日は曇り空。

明日からずっと雪の予報。

 

 

 

| - | 10:18 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

冬の雨

雨と雪が数日おきに降っています。

「冷たい雨」と言われますが、冬の青森では雨が降る日は暖かいと感じるのです。

雨が冷たいと感じるのは日本のどのあたりからでしょうか。

12月に雪ではなく雨が降るのは、やはり環境異変。

 

どちらかといえば雨でぬれた路面より、スタッドレスタイヤを新品に替えた今年は舗装道ではなく雪の上を走りたいのですが、気温は無情に上がっていく。

トタン屋根に降るあの音は雨かあられか、夜中に耳をすませて当てようとするのですが、半分ははずれてしまいます。

新聞の天気予報をじっとみつめて遠出ができそうな日をきめるのですが、なんだか賭け事をしているような気分にもなる。

新聞の予報どころか村の広報で予告された暴風雪でさえ、見事に外れてしまうのですから。

 

一昨日は大暴風雪になるという放送があったので、お天気はよかったけれど家に閉じこもっていました。

ところがそのままいい天気が続き、1日が終わりました。

予告が外れましたというお詫びの放送はもちろんなし。

夜中から雨かあられの音がしはじめ、明るくなってから見ると

雪が解けて黒い土がみえていました。

 

太陽は笑顔。

わあ、これはでかけなくちゃ。

この秋から青森市民図書館で借りた本を読んでいるので、好天の日は逃したくないのです。

図書館の本は無限にある(ようにみえる)。

読み終わった後は返せばいいから、読後にたまっていく本もない。

 

ルンルン気分で出かけたのですが、運転しているうちになんだか変だと気づきました。

ヒーターが効かない。外の気温は2℃。

経年劣化がここにも出たのかな。

14万キロを超えているし、穴があきはじめたし、運転席の近くでときどきピシッと鋭い音がしてギョッとしていたけど。

 

震えながら野辺地まで帰り、修理工場に持っていました。

「1,2,3は効かないけど、4なら温風が出ますよ」

「部品を注文しておきますから、明日きてください」。

明日。

吹雪にならなければいいなと思いながらうなづきました。

 

なにはともあれ、ここまでみすぼらしくなっている車が順調に動くだけでもうれしい。

今日はみぞれ。

シャーベット状の雪は運転しにくいけど、ヒーターは文字通り死活問題。

行くしかないだろうな。

 

猫のヨシオは人間そっくりだということがだんだんわかってきました。

何か要求したいときには前脚をわたしの身体にかけて、じっと目をあわせてきます。

目を合わせてくる猫もはじめてですが、「だめ」というと、あきらめてひきさがるのもなんだかおかしい。

たまにひと言、みゃっとかぎゃっと声をだしたりするのも、猫の発声より人間の言葉をはなしているよう。

 

朝、ストーブに点火するまで蓋の前で待ち、床が暖まるまでわたしの脚に寄り添っている。

家の中ではネズミを捕まえないのに、先日、出窓に大きなネズミの内臓が湯気をたてて残っていました。

頭も尻尾もなかったけれど、あれは確かにネズミ。

「獲ったぞ」と見せびらかしたりはしないらしい。

 

そして、トイレは外に出てするようになりました。

ヨシオと二人の静かな年末がすぎてゆきます。

 

 

 

| - | 09:26 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

雪空と雷と……。

珍しくせっせと出歩いたこの半月間。

福島、松戸、沖縄、青森市。

楽しかったけれどさすがにくたびれて、数日間、のんびりしようと決めました。

とはいうものの雪で動けなくなる時期も近づいている。

 

少しでも運んでおこうと玄関前に黒いコンテナに入れた薪を積みあげていたお昼近く、「日本原燃です」と一人の男性がきました。

「朝来たのですが、いらっしゃらなかったので、もう一度来ました」。

それはご苦労様。でもわたしは今、薪を運ぶのが最優先事項。

「忙しいのですが」といいかけて、足をとめました。

言いたいことがあった。

 

「八甲田や十和田が噴火したら、いまある使用済み燃料や高レベル廃棄物を運び出すってどういうことですか?高レベル廃液はどうするの?」

問いかけるうちにもばかばかしくなりましたが「できるだけ危険なものは置いておかないということで」と答えたきり、持ってきたパンフを開いて説明をはじめました。

東電のエリート社員かあ。

 

気の毒ではあるけど時間の無駄。

1分ほど我慢をしてからそのパンフとカレンダーを受け取り、お帰りいただきました。

まだカレンダーの中身をみていないのですが、多分、芸術的な六ヶ所村の風景写真なのでしょう。

ご希望の方には差し上げます。

 

今年の冬は強風の日が少なくて、しんしんと雪が降っています。

うす暗い雪雲に覆われた空で、雷がしつこくなる日も多くなりました。

最高気温と最低気温の差も大きすぎるようで、丈夫なはずのマリーゴールドも枯死寸前。

雪が積もる前に丸太を割って薪にすることができるか。

 

重要課題ではあったけれど目をつぶって旅行していたのですが、先週、浄法寺から漆職人のKさんが日帰りで来て片付け、チェーン・ソーの刃までといでくださったのでした。

「遠いんですけどね。冬の間になにかあったら電話してください」。

本当に申し訳なくなりました。

 

13日には山本さんが引っ越しました。

残ったものは春にもう一度取りに来ますと言って。

春まで。

ネズミがそのまま残しておいてくれるかは疑問なのだけど。

 

猫のヨシオは大きくなりました。

もうほとんど成猫のようにみえますが、ネズミをとる様子はありません。

廊下に置いてあるカボチャが毎日ネズミにかじられているのに。

もう一匹、ネズミ捕りように必要なのかな。

 

ベトナムが原発撤退。

庶民の感覚で考えればあたりまえです。

「ベースロード電源に安い原発を」という大嘘がこのまま正論として通るのか、日本人の理性が問われているときだと思うのです。

 

 

| - | 10:58 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

辺野古・高江に行ってきました 続き

1日目→辺野古でお昼ご飯、那覇市へ路線バスで帰る。

2日目→乗用車で高江へ→同じ車で名護市へ。

3日目→名護市から女性3人のレンタカーに乗せてもらい、夜、名護市へ帰る。

4日目→名護市のドミトリーでのんびり。

5日目→名護市から那覇空港へ。夜、六ヶ所村へ帰る。

 

昆布がたくさん入った沖縄そばも食べたし、ステーキハウスでハンバーグもいただきました。

沖縄の食事はとにかくボリューム満点で安いのです。

野菜もたっぷり。

ところが帰宅した翌日、ネットニュースで、沖縄で福島を上回る放射能汚染被害が出ていることを知りました。

汚染された野菜が沖縄で大量に安く出回っているから。

 

安いホテルでつかの間、知り合ったフィンランドやイタリアなど遠い国の方々。

沖縄の高校生や地元の方々、全国から集まった数百人の方々。

一人ひとりはみんな、気持ちのいい人たちなのに、その人たちが知らずに汚染された食品を食べているのです。

横浜・川崎・品川・なにわ・和泉などのナンバーがついた警察の大型バスがたくさん停まっていたことにも驚きました。

 

沖縄って陸続きじゃないよね。

この大型バスはヘリコプターか船で運ぶしかないだろうに、そんなにしてまでつくらなければならない米軍施設なのか。

六ヶ所村にだって、こんなに全国からの機動隊員は集まらなかったぞ。

若い機動隊員をみて、複雑な気持ちにもなりました。

 

戦争で死んでゆくのはこの若い人たち。

たった70年の豊かな生活のために、わたしたちは何をしてきたのだろう。

一日目の那覇市で長い時間、路線バスの往復に付き合ってくださった女性たちが「もう、わじわじーして」と何度も話していました。

「わじわじー」というのはおだやかな怒りを表す独特の沖縄方言でしょうか。

 

辺野古では座り込み879日+あれから5日。

拘留された方はその日現在6人。

高江にも年金生活者と同数程度の若者たちが交じっていました。

沖縄県教組8県の代表が前に並んで挨拶したときには、現役の若さに歓声があがりました。

 

「うたえ、うたえ、うたえー、僕たちの人生は、自由にあこがれて、生きてゆけばいいのさ」。

ギターをひきながら、たたきつけるように全身でうたう川口真由美さんと、身動きもままならないほどの狭い場所にじっとしている参加者。

何ができるのだろう。

何をしたらいいのだろう。

 

考えながら帰ってきた六ヶ所村は、やはり冬。

異常に高温だけど雪の降る季節なのでした。

白さが日ごとに際立っていきます。

今日は煙突そうじをしなければ。

 

 

| - | 11:08 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

辺野古・高江に行ってきました。

山本さんが引っ越す前に気になっているところへ行って来ようと1124日、まず福島へ。

ところが着いた日は54年ぶりの寒波で福島には雪が降って寒くて動く気力がなく翌日、悄然と松戸へ行きました。

千葉も都心も雪が積もっています。

 

27日に帰ってきて、29日には沖縄へ。

 

沖縄は127年ぶりの高気温で真夏日でした。

 

辺野古に行くバスに乗ろうと朝、県庁前に行きました。

同じ目的の女性2人もきたのですが、いつまで待ってもバスは来ない。

「どうします?」「解散しようか」などと話しているうちに、わたしが「青森から来ました」と言ったら、「それはもったいない。お金がかかってもいいから、行きましょう!」と、引っ張られるようにして路線バスに乗り込みました。

名護市付近でそのバスを降り、バスの運転手さんに教えてもらった辺野古行きのバスをさがしているうろうろしていると、乗りたいバスが走り去ってゆくのをみつけ、3人で追いかけました。が、あとのまつり。

タクシーなんてこない街のはずれ。

公園の近くでお昼寝しているタクシーの運転手さんを起こして、ようやく辺野古に着きました。

 

沖縄教組国頭支部、中頭村民会議・建白書を実現する会、読谷村・辺野古新吉ストップなどなど、沖縄各地ののぼり旗や横断幕が貼られたテント村の向かい側には「テント設置禁止」の看板が5枚。離れた場所にも数枚。沖縄県警の大型バス。機動隊員10数人。

 

 

辺野古でわかったのですが、その日は高江の集中行動日でバスは朝9時発。

私たちが着いたのは発車した10分後だったのでした。

ときおり降る激しい雨の中、テントの下でお昼を食べて、また長時間の路線バスに乗り、那覇市に帰りました。

往復5時間。

辺野古のテントにあった黄色い傘にも「辺野古を白紙に戻せ!」と大書してあったのを思い出しながら、沖縄のきれいな海と山、人家とシーサー、雨と夕焼けまで、たっぷりと堪能したのでした。

 

 

翌日、今日は遅れないぞと8時半に県庁前到着。

ところが待っていたのは乗用車1台。高江直行便。

「予約していなけど一人分、空きがありますから」。

うっ、予約が必要だったのか。

途中、観光案内までしていただき、楽しく雑談をしていると検問にあいました。

 

すでに停められた車が前に1台。

「どちらまで?」と若いお巡りさん。

「免許証を見せてください」。

運転手さんは落ち着いて免許証も出さず、冷静に遣り取りしています。

 

20数年前の六ヶ所村を思い出しました。

さりげなく後部座席のドアをロックし窓を閉めましたが、そこまでの必要はなかったようで、10分後には第一関門通過。

日本山妙法寺の一行が太鼓をたたきのぼり旗を持って歩いていました。

工事現場のゲート横には30数人が座り込み、道路を挟んでかわるがわるスピーチをし、歌を歌っていました。

ひっきりなしに坂の上から重ダンプが道路に出て、白い土ぼこりをまき散らして走りすぎます。

 

そして合間には職員がホースで水を流してほこりを洗い流す。

水の貴重な沖縄で、しかもこの山の上で、それはなんとも奇異な納得できない光景でした。

マスクは必需品なのです。

その日は名護市に泊まり、女性3人の車に便乗して朝5時出発。6時すぎに高江到着。

 

明るくなって沖縄各地からのバスが次々に到着しはじめ、積み上げていた板をコンクリートブロックの上に並べて集会の準備。

乗用車も次々に入ってきます。

両側の路側帯に人があふれ、次第に混雑して、ぶつからないように動くことすら難しくなってきました。

川口真由美さんのギターと歌で「ケサラ」など六ヶ所村でもその昔歌った懐かしい歌を、男性の力強いリードで(名前を忘れた)「沖縄 今こそ立ち上がろう」を、集会の合間には年配の男性のリードで体ほぐし体操も。

 

明日に続く……。

| - | 08:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

地震が続いています。

ちょっと寒いなと思いながら起き上りまだ暗い外を見ると、真っ白になっていました。

まだ完全には枯れていない牧草地も、牛小舎の屋根も、ただ白く、白く……。

あ〜ぁ、やっぱりねー。

ストーブを焚きつけてから新聞を取りに外に出てみると、まだ積もったとも言えないほどの量で、それでも前回よりは白さが際立っています。

 

薪づくりの一山はかたづけたけれど、割らなければならない太い部分がまだ10数個残っているし、細い枝の山もある。

けれど連日1時間ほどの薪づくりと白い世界にうんざりして、今日は休もうと決めました。

チェーン・ソーで切り込みを入れ、まさかりで割る。

切り込みが入れてあるから簡単に割れるかと思うのですが、振り下ろしたまさかりの刃はどうしたものか、切り込みから1センチか2センチ離れた場所に当たって、ぼよーんとはねかえされるばかり。

 

力、だけではないはず。

3歳の女の子だって割っていたんだから。

運動神経も関係あるのかもしれない。

とりあえず四日間で5個の丸太を割ることができました。

 

明日から四日間はJRの格安切符で福島と松戸に行く予定。

それから一度帰ってきて、1130日から5日まで沖縄へ。

沖縄の気温は27.2℃だそうです。

今日の青森は3℃ですから、その差を考えると起きて歩けるかどうかさえ疑問なので、今回は他の方に迷惑をかけない路線を選びました。

 

地震が続いています。

特に昨日は早朝、いきなりサイレンが鳴り出して驚きました。

「津波警報!津波警報! 高台に避難してください」。

サイレンの合間に出される警告も「こちらは六ヶ所村広報です」というのんびりした口調とは違っています。

あわててストーブの口をしっかりと閉めました。

 

台風のおかげで思いがけず薪は増えましたが、一連の台風はまだ各地に詰め痕を残しています。

野辺地のタカラ温泉も台風で屋根がはがれたと2週間、臨時休業をしていました。

久しぶりに行ってみると営業時間が30分繰り上がっていて、この被害はどこかから保障してもらえるのだろうかと心配になります。

その温泉に入った途端、「福島でM7.4、震度5」というテレビのニュースが耳に入り、立ち止まってまじまじと見つめてしまいました。

 

東日本大震災の余震。

ときどき自分が揺れているのか地震なのかわからなくなります。

パソコンの線が抜けてしまうのも無理はないかなとも思うのです。

六ヶ所村の核のゴミはあれからも増え続けています。

 

11月25日、原子力規制委員会が再処理工場の5キロ圏を予緊急時防護措置準備区域(PAZ)、5〜30キロ圏を予防的防護措置準備区域(UPZ)に設定する方針を決めたと報道されました。

これ、何が違うの?

 結局、事故前と何も変わらないじゃない。

 

これで安心という気持ちにはならないのです。

その数日前、「アヒンサー 第6号」が送られてきました。今回はカラーの図表もついており、わかりやすい構成になっています。100円。

そして一緒に入ってきたチラシが数年前の「世界の放射能汚染地図」。

第10位まである汚染ランキングで、フクシマは一位になっていました。

 

認めたくはないけど、こちらのほうが納得できる気もします。

子どもたちの発病数からみても。

昨日帰ってきてから、販売用に送ってもらおうと電話してみました。

「100冊送ります。種まき用に」。

 

明日からわたしは数日、沖縄に行ってきますが、留守の間に届いていると思います。

ご希望の方はどうぞご連絡ください。

 

今年も岩木山麓のおぐら農園からおいしいりんごが届きました。

昨年は不作だったようで、お会いするのは2年ぶり。

摘みたてりんごの宅配と大きくなった子どもたちの笑顔をみて、とてもうれしくなりました。

元気な子どもたちのお相手で、ヨシオは不安そうでした。

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