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辺野古・高江に行ってきました。

山本さんが引っ越す前に気になっているところへ行って来ようと1124日、まず福島へ。

ところが着いた日は54年ぶりの寒波で福島には雪が降って寒くて動く気力がなく翌日、悄然と松戸へ行きました。

千葉も都心も雪が積もっています。

 

27日に帰ってきて、29日には沖縄へ。

 

沖縄は127年ぶりの高気温で真夏日でした。

 

辺野古に行くバスに乗ろうと朝、県庁前に行きました。

同じ目的の女性2人もきたのですが、いつまで待ってもバスは来ない。

「どうします?」「解散しようか」などと話しているうちに、わたしが「青森から来ました」と言ったら、「それはもったいない。お金がかかってもいいから、行きましょう!」と、引っ張られるようにして路線バスに乗り込みました。

名護市付近でそのバスを降り、バスの運転手さんに教えてもらった辺野古行きのバスをさがしているうろうろしていると、乗りたいバスが走り去ってゆくのをみつけ、3人で追いかけました。が、あとのまつり。

タクシーなんてこない街のはずれ。

公園の近くでお昼寝しているタクシーの運転手さんを起こして、ようやく辺野古に着きました。

 

沖縄教組国頭支部、中頭村民会議・建白書を実現する会、読谷村・辺野古新吉ストップなどなど、沖縄各地ののぼり旗や横断幕が貼られたテント村の向かい側には「テント設置禁止」の看板が5枚。離れた場所にも数枚。沖縄県警の大型バス。機動隊員10数人。

 

 

辺野古でわかったのですが、その日は高江の集中行動日でバスは朝9時発。

私たちが着いたのは発車した10分後だったのでした。

ときおり降る激しい雨の中、テントの下でお昼を食べて、また長時間の路線バスに乗り、那覇市に帰りました。

往復5時間。

辺野古のテントにあった黄色い傘にも「辺野古を白紙に戻せ!」と大書してあったのを思い出しながら、沖縄のきれいな海と山、人家とシーサー、雨と夕焼けまで、たっぷりと堪能したのでした。

 

 

翌日、今日は遅れないぞと8時半に県庁前到着。

ところが待っていたのは乗用車1台。高江直行便。

「予約していなけど一人分、空きがありますから」。

うっ、予約が必要だったのか。

途中、観光案内までしていただき、楽しく雑談をしていると検問にあいました。

 

すでに停められた車が前に1台。

「どちらまで?」と若いお巡りさん。

「免許証を見せてください」。

運転手さんは落ち着いて免許証も出さず、冷静に遣り取りしています。

 

20数年前の六ヶ所村を思い出しました。

さりげなく後部座席のドアをロックし窓を閉めましたが、そこまでの必要はなかったようで、10分後には第一関門通過。

日本山妙法寺の一行が太鼓をたたきのぼり旗を持って歩いていました。

工事現場のゲート横には30数人が座り込み、道路を挟んでかわるがわるスピーチをし、歌を歌っていました。

ひっきりなしに坂の上から重ダンプが道路に出て、白い土ぼこりをまき散らして走りすぎます。

 

そして合間には職員がホースで水を流してほこりを洗い流す。

水の貴重な沖縄で、しかもこの山の上で、それはなんとも奇異な納得できない光景でした。

マスクは必需品なのです。

その日は名護市に泊まり、女性3人の車に便乗して朝5時出発。6時すぎに高江到着。

 

明るくなって沖縄各地からのバスが次々に到着しはじめ、積み上げていた板をコンクリートブロックの上に並べて集会の準備。

乗用車も次々に入ってきます。

両側の路側帯に人があふれ、次第に混雑して、ぶつからないように動くことすら難しくなってきました。

川口真由美さんのギターと歌で「ケサラ」など六ヶ所村でもその昔歌った懐かしい歌を、男性の力強いリードで(名前を忘れた)「沖縄 今こそ立ち上がろう」を、集会の合間には年配の男性のリードで体ほぐし体操も。

 

明日に続く……。

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