吹雪の中で難題山積

昨日は水道が凍ってしまいました。

真冬にはたまにそんなこともあるのですが、今回は暖かいと思って油断していたので慌てました。

朝、台所を暖めてから水道の元栓をひらいたのですが、水が出ない。

最高気温はマイナス4℃。

 

残りの水は200ccぐらい。

ご飯を炊くにも足りないなー。

お隣に水をもらいに行くという手はあるかも。

カーテンを少し開けてみると外は猛吹雪。

 

そしてカーテンレールが落ちてきました。

もともとカーテンなどつける設計ではないので無理やりビスをつけたのに、そのビスの穴が緩んでしまったようです。

裏口の扉の引き戸のレールが外れて開け閉めがしにくくなった。

極めつけは排水管が凍って台所の排水ができなくなったこと。

 

厳しい冬とはいえ、1日のうちにこんなに難問が積みあがったのははじめてです。

どうする?

とはいうものの対処できるのは自分だけ。

ええと、水は車の中にいつも持ちあるいているものが1リットルぐらいある。

 

じゃあ、まず雪かきをして車に行き、飲み水を確保しよう。

スノーダンプを持って外に出ると積雪は少なくて、ほとんど雪かきの必要がないとわかりました。

新聞やさんの車もかなり蛇行しながらですが入ってきた痕がある。

水をとってきて、次はカーテンレールにとりかかりました。

 

いろいろ試してから少し太めのビスを1本みつけ、止めることができて、カーテンはとりあえずかかりました。

春までこれがもったらもう少し本格的に修復しよう。

薪をどんどん燃やして室内を暖め、午後もう一度、元栓を開いてみました。

水が出てくるまで少し時間はかかりましたが、こちらも開通。

 

タンクに予備の水を入れて、本当にホッとしました。

多少の不自由はあってもこれで春まで生きていける。

読む本はあるし、食べ物も豊富。

排水はまだ凍ったまま。

台所の出入り口のレールもそのまま。

 

これ以上増やせないほど湯たんぽを抱えて寝ているのに朝、寒さで目が覚めました。

布団の中でくしゃみ、鼻水がたてつづけに。

湯たんぽじゃ足りないらしい。

じゃあ電気毛布かな。

 

母の使っていたものが押し入れに入っているはず。

ちらっと考えましたがすぐに却下。

かわりに厚手の毛布をもう一枚足すことにしました。

重しをされた漬物の気持ちがわかるといえるくらい重い布団をかけて、昨夜はぐっすり眠りました。

 

はじめての冬を過ごすヨシオは、雪が深くなってから外に出ることをためらうようになりました。

まだ猫用出入り口から出られないまま、玄関の戸を開けてもらって出ていたのですが、雪をみてはためらい、屋内に引っ込んでしまいます。

身体は大人になったのに、寒さには弱いらしい。

 

この先1週間は雪の予報。

でも最高気温が氷点下にならない日もあるので、やはり全体としては暖かい冬なのでしょう。

経済産業省前のテントも寒い日が続きそうです。

お気をつけて。

 

 

 

| - | 10:22 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

雪が消えてしまいそうです

冬とは思えないような異常に暖かい毎日が続いています。

雪は降るのですが雨も降るので、積もらないうちに消えてしまう。

とりあえず年末年始は白銀の世界でしたが、その雪も残りわずか。

今朝も台所で蚊がふらふらと飛んでいるのをみつけました。

 

暴風もなく1日に数時間、上から下へまっすぐ降る雪をぼーっと眺めたお正月も過ぎました。

孫たちからの電話とビデオレターも。

スカイプがあるよと息子に伝えたのですが、なぜか数秒しかつながらず、あきらめてビデオレターにしてもらいました。

子どもたちはどんどん大きくなるけれど、それと比例してわたしの物忘れもひどくなっていくようです。

 

おめでたい気はしないけど、ともあれ新年。

ヨシオと二人で年越しそばを食べ、お煮しめを煮て新しい年を迎えました。

1月1日の明け方、ヨシオの鳴き声で目が覚めました。

ミャア、ミャア、ミャーア。

 

まだ眠いのにと寝ぼけ眼でみると午前3時。

野良猫が入るはずもないし、あれはおびえている声ではない。

階下へ行き、エサを与えました。

さびしかったのかなー。

そのまま目がさめて眠れなくなってしまい、空が白み始める前から初日の出もしっかり眺めたのでした。

 

それにしても一人で過ごす時間と空間は貴重だとあらためて思います。

そしてこの広い空間を一人だけで占有できることが、いいか悪いかは別にして、恵まれていると感じました。

 

沖縄の戦後70年と樺太から引き揚げてきた両親の70年。

沖縄と樺太。どちらもその時にはたしかに命の瀬戸際にいたんだ。

そしていまは「核のゴミを抱えた六ヶ所村」という問題がある。

「沖縄をかえせ、沖縄にかえせー」と歌うたびに、選ぶことができたなら、子どもたちはどちらを選ぶのだろうと思うのです。

 

今日は曇り空。

明日からずっと雪の予報。

 

 

 

| - | 10:18 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

冬の雨

雨と雪が数日おきに降っています。

「冷たい雨」と言われますが、冬の青森では雨が降る日は暖かいと感じるのです。

雨が冷たいと感じるのは日本のどのあたりからでしょうか。

12月に雪ではなく雨が降るのは、やはり環境異変。

 

どちらかといえば雨でぬれた路面より、スタッドレスタイヤを新品に替えた今年は舗装道ではなく雪の上を走りたいのですが、気温は無情に上がっていく。

トタン屋根に降るあの音は雨かあられか、夜中に耳をすませて当てようとするのですが、半分ははずれてしまいます。

新聞の天気予報をじっとみつめて遠出ができそうな日をきめるのですが、なんだか賭け事をしているような気分にもなる。

新聞の予報どころか村の広報で予告された暴風雪でさえ、見事に外れてしまうのですから。

 

一昨日は大暴風雪になるという放送があったので、お天気はよかったけれど家に閉じこもっていました。

ところがそのままいい天気が続き、1日が終わりました。

予告が外れましたというお詫びの放送はもちろんなし。

夜中から雨かあられの音がしはじめ、明るくなってから見ると

雪が解けて黒い土がみえていました。

 

太陽は笑顔。

わあ、これはでかけなくちゃ。

この秋から青森市民図書館で借りた本を読んでいるので、好天の日は逃したくないのです。

図書館の本は無限にある(ようにみえる)。

読み終わった後は返せばいいから、読後にたまっていく本もない。

 

ルンルン気分で出かけたのですが、運転しているうちになんだか変だと気づきました。

ヒーターが効かない。外の気温は2℃。

経年劣化がここにも出たのかな。

14万キロを超えているし、穴があきはじめたし、運転席の近くでときどきピシッと鋭い音がしてギョッとしていたけど。

 

震えながら野辺地まで帰り、修理工場に持っていました。

「1,2,3は効かないけど、4なら温風が出ますよ」

「部品を注文しておきますから、明日きてください」。

明日。

吹雪にならなければいいなと思いながらうなづきました。

 

なにはともあれ、ここまでみすぼらしくなっている車が順調に動くだけでもうれしい。

今日はみぞれ。

シャーベット状の雪は運転しにくいけど、ヒーターは文字通り死活問題。

行くしかないだろうな。

 

猫のヨシオは人間そっくりだということがだんだんわかってきました。

何か要求したいときには前脚をわたしの身体にかけて、じっと目をあわせてきます。

目を合わせてくる猫もはじめてですが、「だめ」というと、あきらめてひきさがるのもなんだかおかしい。

たまにひと言、みゃっとかぎゃっと声をだしたりするのも、猫の発声より人間の言葉をはなしているよう。

 

朝、ストーブに点火するまで蓋の前で待ち、床が暖まるまでわたしの脚に寄り添っている。

家の中ではネズミを捕まえないのに、先日、出窓に大きなネズミの内臓が湯気をたてて残っていました。

頭も尻尾もなかったけれど、あれは確かにネズミ。

「獲ったぞ」と見せびらかしたりはしないらしい。

 

そして、トイレは外に出てするようになりました。

ヨシオと二人の静かな年末がすぎてゆきます。

 

 

 

| - | 09:26 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

雪空と雷と……。

珍しくせっせと出歩いたこの半月間。

福島、松戸、沖縄、青森市。

楽しかったけれどさすがにくたびれて、数日間、のんびりしようと決めました。

とはいうものの雪で動けなくなる時期も近づいている。

 

少しでも運んでおこうと玄関前に黒いコンテナに入れた薪を積みあげていたお昼近く、「日本原燃です」と一人の男性がきました。

「朝来たのですが、いらっしゃらなかったので、もう一度来ました」。

それはご苦労様。でもわたしは今、薪を運ぶのが最優先事項。

「忙しいのですが」といいかけて、足をとめました。

言いたいことがあった。

 

「八甲田や十和田が噴火したら、いまある使用済み燃料や高レベル廃棄物を運び出すってどういうことですか?高レベル廃液はどうするの?」

問いかけるうちにもばかばかしくなりましたが「できるだけ危険なものは置いておかないということで」と答えたきり、持ってきたパンフを開いて説明をはじめました。

東電のエリート社員かあ。

 

気の毒ではあるけど時間の無駄。

1分ほど我慢をしてからそのパンフとカレンダーを受け取り、お帰りいただきました。

まだカレンダーの中身をみていないのですが、多分、芸術的な六ヶ所村の風景写真なのでしょう。

ご希望の方には差し上げます。

 

今年の冬は強風の日が少なくて、しんしんと雪が降っています。

うす暗い雪雲に覆われた空で、雷がしつこくなる日も多くなりました。

最高気温と最低気温の差も大きすぎるようで、丈夫なはずのマリーゴールドも枯死寸前。

雪が積もる前に丸太を割って薪にすることができるか。

 

重要課題ではあったけれど目をつぶって旅行していたのですが、先週、浄法寺から漆職人のKさんが日帰りで来て片付け、チェーン・ソーの刃までといでくださったのでした。

「遠いんですけどね。冬の間になにかあったら電話してください」。

本当に申し訳なくなりました。

 

13日には山本さんが引っ越しました。

残ったものは春にもう一度取りに来ますと言って。

春まで。

ネズミがそのまま残しておいてくれるかは疑問なのだけど。

 

猫のヨシオは大きくなりました。

もうほとんど成猫のようにみえますが、ネズミをとる様子はありません。

廊下に置いてあるカボチャが毎日ネズミにかじられているのに。

もう一匹、ネズミ捕りように必要なのかな。

 

ベトナムが原発撤退。

庶民の感覚で考えればあたりまえです。

「ベースロード電源に安い原発を」という大嘘がこのまま正論として通るのか、日本人の理性が問われているときだと思うのです。

 

 

| - | 10:58 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

辺野古・高江に行ってきました 続き

1日目→辺野古でお昼ご飯、那覇市へ路線バスで帰る。

2日目→乗用車で高江へ→同じ車で名護市へ。

3日目→名護市から女性3人のレンタカーに乗せてもらい、夜、名護市へ帰る。

4日目→名護市のドミトリーでのんびり。

5日目→名護市から那覇空港へ。夜、六ヶ所村へ帰る。

 

昆布がたくさん入った沖縄そばも食べたし、ステーキハウスでハンバーグもいただきました。

沖縄の食事はとにかくボリューム満点で安いのです。

野菜もたっぷり。

ところが帰宅した翌日、ネットニュースで、沖縄で福島を上回る放射能汚染被害が出ていることを知りました。

汚染された野菜が沖縄で大量に安く出回っているから。

 

安いホテルでつかの間、知り合ったフィンランドやイタリアなど遠い国の方々。

沖縄の高校生や地元の方々、全国から集まった数百人の方々。

一人ひとりはみんな、気持ちのいい人たちなのに、その人たちが知らずに汚染された食品を食べているのです。

横浜・川崎・品川・なにわ・和泉などのナンバーがついた警察の大型バスがたくさん停まっていたことにも驚きました。

 

沖縄って陸続きじゃないよね。

この大型バスはヘリコプターか船で運ぶしかないだろうに、そんなにしてまでつくらなければならない米軍施設なのか。

六ヶ所村にだって、こんなに全国からの機動隊員は集まらなかったぞ。

若い機動隊員をみて、複雑な気持ちにもなりました。

 

戦争で死んでゆくのはこの若い人たち。

たった70年の豊かな生活のために、わたしたちは何をしてきたのだろう。

一日目の那覇市で長い時間、路線バスの往復に付き合ってくださった女性たちが「もう、わじわじーして」と何度も話していました。

「わじわじー」というのはおだやかな怒りを表す独特の沖縄方言でしょうか。

 

辺野古では座り込み879日+あれから5日。

拘留された方はその日現在6人。

高江にも年金生活者と同数程度の若者たちが交じっていました。

沖縄県教組8県の代表が前に並んで挨拶したときには、現役の若さに歓声があがりました。

 

「うたえ、うたえ、うたえー、僕たちの人生は、自由にあこがれて、生きてゆけばいいのさ」。

ギターをひきながら、たたきつけるように全身でうたう川口真由美さんと、身動きもままならないほどの狭い場所にじっとしている参加者。

何ができるのだろう。

何をしたらいいのだろう。

 

考えながら帰ってきた六ヶ所村は、やはり冬。

異常に高温だけど雪の降る季節なのでした。

白さが日ごとに際立っていきます。

今日は煙突そうじをしなければ。

 

 

| - | 11:08 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

辺野古・高江に行ってきました。

山本さんが引っ越す前に気になっているところへ行って来ようと1124日、まず福島へ。

ところが着いた日は54年ぶりの寒波で福島には雪が降って寒くて動く気力がなく翌日、悄然と松戸へ行きました。

千葉も都心も雪が積もっています。

 

27日に帰ってきて、29日には沖縄へ。

 

沖縄は127年ぶりの高気温で真夏日でした。

 

辺野古に行くバスに乗ろうと朝、県庁前に行きました。

同じ目的の女性2人もきたのですが、いつまで待ってもバスは来ない。

「どうします?」「解散しようか」などと話しているうちに、わたしが「青森から来ました」と言ったら、「それはもったいない。お金がかかってもいいから、行きましょう!」と、引っ張られるようにして路線バスに乗り込みました。

名護市付近でそのバスを降り、バスの運転手さんに教えてもらった辺野古行きのバスをさがしているうろうろしていると、乗りたいバスが走り去ってゆくのをみつけ、3人で追いかけました。が、あとのまつり。

タクシーなんてこない街のはずれ。

公園の近くでお昼寝しているタクシーの運転手さんを起こして、ようやく辺野古に着きました。

 

沖縄教組国頭支部、中頭村民会議・建白書を実現する会、読谷村・辺野古新吉ストップなどなど、沖縄各地ののぼり旗や横断幕が貼られたテント村の向かい側には「テント設置禁止」の看板が5枚。離れた場所にも数枚。沖縄県警の大型バス。機動隊員10数人。

 

 

辺野古でわかったのですが、その日は高江の集中行動日でバスは朝9時発。

私たちが着いたのは発車した10分後だったのでした。

ときおり降る激しい雨の中、テントの下でお昼を食べて、また長時間の路線バスに乗り、那覇市に帰りました。

往復5時間。

辺野古のテントにあった黄色い傘にも「辺野古を白紙に戻せ!」と大書してあったのを思い出しながら、沖縄のきれいな海と山、人家とシーサー、雨と夕焼けまで、たっぷりと堪能したのでした。

 

 

翌日、今日は遅れないぞと8時半に県庁前到着。

ところが待っていたのは乗用車1台。高江直行便。

「予約していなけど一人分、空きがありますから」。

うっ、予約が必要だったのか。

途中、観光案内までしていただき、楽しく雑談をしていると検問にあいました。

 

すでに停められた車が前に1台。

「どちらまで?」と若いお巡りさん。

「免許証を見せてください」。

運転手さんは落ち着いて免許証も出さず、冷静に遣り取りしています。

 

20数年前の六ヶ所村を思い出しました。

さりげなく後部座席のドアをロックし窓を閉めましたが、そこまでの必要はなかったようで、10分後には第一関門通過。

日本山妙法寺の一行が太鼓をたたきのぼり旗を持って歩いていました。

工事現場のゲート横には30数人が座り込み、道路を挟んでかわるがわるスピーチをし、歌を歌っていました。

ひっきりなしに坂の上から重ダンプが道路に出て、白い土ぼこりをまき散らして走りすぎます。

 

そして合間には職員がホースで水を流してほこりを洗い流す。

水の貴重な沖縄で、しかもこの山の上で、それはなんとも奇異な納得できない光景でした。

マスクは必需品なのです。

その日は名護市に泊まり、女性3人の車に便乗して朝5時出発。6時すぎに高江到着。

 

明るくなって沖縄各地からのバスが次々に到着しはじめ、積み上げていた板をコンクリートブロックの上に並べて集会の準備。

乗用車も次々に入ってきます。

両側の路側帯に人があふれ、次第に混雑して、ぶつからないように動くことすら難しくなってきました。

川口真由美さんのギターと歌で「ケサラ」など六ヶ所村でもその昔歌った懐かしい歌を、男性の力強いリードで(名前を忘れた)「沖縄 今こそ立ち上がろう」を、集会の合間には年配の男性のリードで体ほぐし体操も。

 

明日に続く……。

| - | 08:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

地震が続いています。

ちょっと寒いなと思いながら起き上りまだ暗い外を見ると、真っ白になっていました。

まだ完全には枯れていない牧草地も、牛小舎の屋根も、ただ白く、白く……。

あ〜ぁ、やっぱりねー。

ストーブを焚きつけてから新聞を取りに外に出てみると、まだ積もったとも言えないほどの量で、それでも前回よりは白さが際立っています。

 

薪づくりの一山はかたづけたけれど、割らなければならない太い部分がまだ10数個残っているし、細い枝の山もある。

けれど連日1時間ほどの薪づくりと白い世界にうんざりして、今日は休もうと決めました。

チェーン・ソーで切り込みを入れ、まさかりで割る。

切り込みが入れてあるから簡単に割れるかと思うのですが、振り下ろしたまさかりの刃はどうしたものか、切り込みから1センチか2センチ離れた場所に当たって、ぼよーんとはねかえされるばかり。

 

力、だけではないはず。

3歳の女の子だって割っていたんだから。

運動神経も関係あるのかもしれない。

とりあえず四日間で5個の丸太を割ることができました。

 

明日から四日間はJRの格安切符で福島と松戸に行く予定。

それから一度帰ってきて、1130日から5日まで沖縄へ。

沖縄の気温は27.2℃だそうです。

今日の青森は3℃ですから、その差を考えると起きて歩けるかどうかさえ疑問なので、今回は他の方に迷惑をかけない路線を選びました。

 

地震が続いています。

特に昨日は早朝、いきなりサイレンが鳴り出して驚きました。

「津波警報!津波警報! 高台に避難してください」。

サイレンの合間に出される警告も「こちらは六ヶ所村広報です」というのんびりした口調とは違っています。

あわててストーブの口をしっかりと閉めました。

 

台風のおかげで思いがけず薪は増えましたが、一連の台風はまだ各地に詰め痕を残しています。

野辺地のタカラ温泉も台風で屋根がはがれたと2週間、臨時休業をしていました。

久しぶりに行ってみると営業時間が30分繰り上がっていて、この被害はどこかから保障してもらえるのだろうかと心配になります。

その温泉に入った途端、「福島でM7.4、震度5」というテレビのニュースが耳に入り、立ち止まってまじまじと見つめてしまいました。

 

東日本大震災の余震。

ときどき自分が揺れているのか地震なのかわからなくなります。

パソコンの線が抜けてしまうのも無理はないかなとも思うのです。

六ヶ所村の核のゴミはあれからも増え続けています。

 

11月25日、原子力規制委員会が再処理工場の5キロ圏を予緊急時防護措置準備区域(PAZ)、5〜30キロ圏を予防的防護措置準備区域(UPZ)に設定する方針を決めたと報道されました。

これ、何が違うの?

 結局、事故前と何も変わらないじゃない。

 

これで安心という気持ちにはならないのです。

その数日前、「アヒンサー 第6号」が送られてきました。今回はカラーの図表もついており、わかりやすい構成になっています。100円。

そして一緒に入ってきたチラシが数年前の「世界の放射能汚染地図」。

第10位まである汚染ランキングで、フクシマは一位になっていました。

 

認めたくはないけど、こちらのほうが納得できる気もします。

子どもたちの発病数からみても。

昨日帰ってきてから、販売用に送ってもらおうと電話してみました。

「100冊送ります。種まき用に」。

 

明日からわたしは数日、沖縄に行ってきますが、留守の間に届いていると思います。

ご希望の方はどうぞご連絡ください。

 

今年も岩木山麓のおぐら農園からおいしいりんごが届きました。

昨年は不作だったようで、お会いするのは2年ぶり。

摘みたてりんごの宅配と大きくなった子どもたちの笑顔をみて、とてもうれしくなりました。

元気な子どもたちのお相手で、ヨシオは不安そうでした。

| - | 09:59 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

パソコンが壊れたとおもったけど

メールを読もうとしたら、シューという音がして、画面が消えてしまいました。

ボタンを押しても反応がない。

うー、壊れたのかな。

ウィルスメールもかなりあったし。

 

仕方がなく本体とモニターを持って青森市のケーズデンキに。

パソコン関連の話になるとなぜか劣等生気分になっておろおろしてしまい、若い店員が優しい神様にも見えます。

「本体は大丈夫ですね」。よかった。

じゃあ、モニターは?

専用のケーブルを持っていかなかったので確認できず、その日はすごすご帰ってきました。

 

翌々日、ケーブルとモニターを持ってまた青森へ。

「うつりますね」。 えっ?

本体もモニターも壊れていない。

半信半疑で帰宅し、セットしてみました。

ちゃんと起動する。

 

考えた挙句の結論は、「線がはずれていた」のかもしれないということ。

度重なった地震のせいかなー。

なんだかばかばかしくもなりますが、この数日に費やした貴重な時間と体力はとりかえしがつかない。

あきらめて、あらためて「雪の前にできること」を整理し始めました。

 

屋根の修理→今年はもういいことにしよう。

薪作り→積み上げてあるものだけでも片付けなくては。

資料整理→喫緊の課題。

やりたくないことだらけではあります。

 

高江に行くのは体力が必要そうで、辺野古だけにしようかなと思い始めました。

レンタカーという手もあるけど。

どちらにしても12月はじめ。

そろそろ飛行機の予約もしないと。

 

薪ストーブの前で新聞を読んでいた朝、ふいに目の前がきらきら輝き始めました。

なんだろうとみていると木の枝越しにきらきらの位置は上に変わっていき、座っていた椅子の位置と日の出の方角が一直線になっていたのだとわかりました。

日の出の瞬間をまともにみたのははじめてです。

 

ころころに太ったヨシオは、足音をたてるようになりました。

肉球がかたくなったのかもしれませんが、木の床を歩くとき、爪が当たる音がします。

足音をたてる猫って、ねずみをとることができるのだろうか。

死んだねずみをみたくはないけれど、ちゃんと獲れると証明してほしくもあります。

 

 

 

 

 

| - | 10:30 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

白い世界がはじまった……。

昨日から雪が降り始めました。

降りはじめは大きな白いひとひら。

「風花」というその言葉にふさわしい、六ヶ所村ではあまりない降り方で、めずらしいなと見とれていました。

ときどき晴れて陽がさしたりしているうちにだんだん風が強くなり、強風と細かい雪が吹き付けるおなじみの吹雪に。

 

9月の台風で倒れたおとなりの桜の木を薪にするため軽トラックで運んでいた2日目。

1メートル近くもある枝が地上10メートル近くのところから折れている。

手のとどくところは娘さんたちが切っていたのですが、ぶらさがっている太い枝は危ないから下に切り落とさないと。

脚立をのばしてチェーン・ソーを木の上に運び、生木の重さとあまりの大きさに疲れ果て、1日目は脚立を立てかけたまま終わりにしたのでした。

 

朝には気力も戻っているはずと甘く考えていましたが、ナタを使ってもらちがあかない。

不安定な足場でチェーン・ソーを使っているうちに疲れてしまい、落とした大枝を切り始めると刃がはさまって動かなくなってしまって、完全に力が尽きてしまいました。

助けを呼ぼう。

 

「出て行って」宣言をして以来、気まずかった山本さんに助けてコールをしに帰りました。

その日、山本さんともうひとりの青年はお休みだったのですが、まず、山本さんがチェーン・ソーを救出し、そして軽トラックいっぱいの生木の枝を運び、午後、青年と残りの木を運んでくれたのでした。

翌日「腰が痛い」とつぶやいていた山本さんに申し訳なくなりましたが、本当に感謝。

 

積もったともいえないほどの量ですが、今朝は一面に白い世界になり、未明に除雪車の音も聞こえました。

最高気温は6℃の予報。

やっぱりなー。

降らない筈はないよね。

 

残りの大きな枝も切ってしまわなくては。

横たわる大木ってどうやって切ったらいいのだろう。

どんなに小さく切っても持ち上げられないような重さに見えるので、今度ははじめから山本さんたちに運び役をお願いしました。

陽がさしていても寒いので本音は家から一歩も出たくないけど、雪の下になる前に薪にしてしまおう。

 

山本さんは行き先が決まったようで、引っ越しの準備をはじめました。

12月初旬には引っ越す予定。

留守番役がいるうちに沖縄の高江に行って来ようと計画をたてはじめました。

体力が必要そうでためらっていたのですが、いまはできることをするしかない。

 

経産省前テント広場も寒そうです。

デーリー東北にも載っていましたが、朝日新聞(核リポート)エネルギー革命「福島が世界の先駆けに」の記事で「コミュニティパワー(ご当地電力)」という言葉にひきつけられました。

一方、「東芝がイギリスで原発を建設」というニュースも。

世界中でいま、引くことのできない闘いがおこっているのだと感じます。
 

紅く燃えていたブルーベリーももみじも葉が落ちて、すっかり冬の気配になりました。

ヨシオは猫用出入り口から入ることができるようになりました。

学習できたんだ。おめでとう。

出る方はまだです。

 

 

 

| - | 09:23 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

白鳥が渡る季節になりました。

渡り鳥に気が付いたのは10月3日。

鷹架沼の上を南へ飛んでいく小さな群れがみえました。

白鳥より小さいし、白くもないから、雁かなあ。

少しずつ群れの数も増えて、早朝や日中にも鳴き交わす 白鳥の声が聞こえるようになりました。

 

いつも変わらないのどかな風景。

ですが、今年はなんだか違うのです。

ほんの少しの違い。

何が違うのか言い表せるほどではない。

 

ずっと考えていたのてのですが、昨日、eppで江原さんからののお知らせメールを読み、紹介されていた映画を見て、ようやくわかりました。

これだったんだ。

 

<「地球に住んでいる人は。。。。絶対に見た方がいいです!」後数日は無料でみれます。

 

昨今は特に科学者などの専門家でなくても、普段の生活で、激しい気候の変化で、ヤバイ感じられます。世界では温暖化、気候変動といって生易しい言葉ではなく「気候危機」とも呼ばれています。

 

つまり、仮に今世界の原発をすべて廃炉にし、森林伐採を辞めたとしても、相当に厳しく苦しい世界に突入しているということです。

 

アカデミック賞俳優で国連平和大使のレオナルド・デカプリオのドキュメンタリ〜映画の「地球が壊れる前に」無料で見れます。>

 

https://www.youtube.com/watch?v=UjKoHS3mDLE

 

公開期間:1031()12:00118()14:00

 

わかったからと言って気分がはれるわけでもないのですが、あまりに問題が大きすぎてぼう然としてしまいます。

この自然の変化はもとにもどせるかどうかすら、もうわからないのです。

元凶のわたしたちの世代はかろうじて天寿をまっとうできるかもしれない。

子ども達の世代は…、わからない。

孫たちの世代は……。

 

東通原発5キロ圏でヨウ素剤の配布がはじまりました。

ヨウ素剤の期限は3年。

少なくとも3年に1度は現実問題としてとらえることができるのです。

六ヶ所村はまだ新規制基準が決まらないまま。

 

猫のヨシオは今朝も猫用出入り口を使えないまま、立ち往生していました。

 

 

 

 

| - | 09:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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